股関節痛を抱え病院へ行くと「筋力を落とさないように」「筋肉を鍛えましょう」とにかく筋力が付けば予防ができるとの錯覚に陥ります。しかし筋力トレーニングといっても、一般の皆さんが想像する筋力と、専門家が必要と感じる筋力とは異なりますし、また、整形外科の先生たちが思い描く筋力と、我々理学療法士が期待する筋力とも違いそうです。
まずは手始めに、股関節痛を抱える方の身体の中では、一体何が起こっているのか。筋肉の働きの特徴やその性質を理解しておくことが、大切のように思われます。
例えば、変形性股関節症患者さんの特徴でもある肩を揺するような歩き方は、お尻の外側に付着する中殿筋(ちゅうでんきん)の筋力低下が原因であると指摘されます。確かに間違ってはいないのですが、中殿筋トレーニングだけやっても横揺れは解決できないでしょう。
私もこれまで、数え切れない程の中殿筋を触診し、その働きと特徴を観察してきましたが、中殿筋とは、股関節症の方にとっては、敢えて負荷をかけて鍛える必要はなく、それよりも、パートナー的役割でもある内転筋の働きに注目していく必要があるよう思います。
最近の報告では、股関節症の方に特有な歩行、トレンデレンブルグ徴候も、単に中殿筋や小殿筋に代表される外転筋の筋力低下だけでなく「張力低下」が影響している、と指摘されています。
全人工股関節置換術前の逆トレンデレンブルグ歩行の有無による前額面における歩行時姿勢や運動機能と回復過程の差異.日保学誌, 15:219-230, 2013.
従来の中殿筋トレーニングの常識が覆りそうです。既に触診された経験の方はお分かりのように、変形性股関節症、または、股関節痛を発症するような方では、中殿筋は想像以上のかたさです。これでは筋力低下と誤解されても無理もありません。また手術後の方では、大抵の股関節手術はお尻の外側から侵入しますから、中殿筋を狙ったトレーニングを行えば、術創周囲への負担も避けられないでしょう。可動域へも影響を与えます。
人工股関節置換術における股関節外転筋・内転筋とトレンデレンブルグ徴候との関係. リハビリテーション医学, 36:234-236, 1999.
それともうひとつ、トレーニングの実践に際し抑えておきたいのは、筋肉とは常に「対」になって働くということです。上述したように、中殿筋に注目するのであれば、内股の筋肉、内転筋の存在は無視はできません。皆さんの内転筋の状態はいかがでしょうか。
変形性股関節症の方では、時間経過と伴に痩せ細ります。このような状態では、相方でもある中殿筋も働きにくいでしょう。変形性股関節症患者さんの、内転筋と外転筋の筋力を正常のものと比較した報告では、それぞれ70%、130%であり、この不均衡が跛行を誘発しています。
変形性股関節症における患側立脚時の骨頭と臼蓋の適合性ならびに股関節外内転筋力について. Hip Joint 22:339-342, 1996.
名古屋で活躍する理学療法士の高木さんは更に興味深い報告をしています。進行期及び末期の変形性股関節症患者さん22名を対象に、CTにて大殿筋、中殿筋(大)内転筋の断面積を計測したところ、最も萎縮率が高かったのは内転筋。続いて大殿筋。そして最後に中殿筋です。
変形性股関節症における内転筋萎縮に関する一考察.Hip Joint 39:166-169. 2013
ここでも初期から末期まで、幅広く症状を拝見させていただいておりますが、確かに、末期の方では内転筋の萎縮ばかりか、人工股関節の手術の際には、内転筋を切らなければならない方まで出てきます。
横揺れ対策に注目され続けた、中殿筋。しかし、内転筋の働きが新たな脚光を浴びています。状態を維持し、強化し、中殿筋の正常な働きに繋げること。股関節症と上手に付き合っていく秘訣かも知れません。
ginzaplus 佐藤正裕(理学療法士)